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東京地方裁判所 平成4年(ワ)21483号 判決

原告

井手口道男

ほか一名

被告

有限会社セイコウ運輸

ほか一名

主文

一  被告らは、原告井手口道男に対し、連帯して金六三万〇二九〇円及びこれに対する平成五年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告株式会社井手口に対し、連帯して金一五万七八〇六円及びこれに対する平成五年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は、原告らの勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、原告井手口道男(以下「原告井手口」という。)に対し、連帯して金一五七万一二三〇円及びこれに対する平成五年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

一  被告らは、原告株式会社井手口(以下「原告会社」という。)に対し、連帯して金二一五万七八〇六円及びこれに対する平成五年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、株式会社の代表取締役が交通事故に逢つたとして、代表取締役のみならず、株式会社自体もいわゆる企業損害について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成二年一月一〇日午前六時二二分ころ

事故の場所 東京都大田区大森南五―二、高速一号線下りP一五一七付近

加害者 被告遠藤仁

加害車両 大型貨物自動車(山形一一あ五七三〇号。被告有限会社セイコ運輸保有)

被害者 原告井手口(原告会社が被害者であるかどうかについては、争いがある。)

事故の態様 原告井手口が客として搭乗していたタクシーの走行中に、被告遠藤仁のいねむり運転により右タクシーに追突した。

事故の結果 原告井手口は、頸椎捻挫、腰椎捻挫、左肩打撲の傷害を受けた。

2  責任原因

被告遠藤仁は、加害車両を運転中、いねむり運転のため原告井手口搭乗のタクシーに追突したから民法七〇九条に基づき、また、被告有限会社セイコウ運輸は、加害車両を保有していたから自倍法三条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

三  本件の争点

本件の争点は、原告らの損害額である。

1  原告井手口は、本件事故により、次の損害を受けたと主張する。

(1) 治療費、診断書代 六万二二一〇円

(2) 通院交通費 九〇二〇円

(3) 慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

(4) 弁護士費用 五〇万〇〇〇〇円

2  原告会社は、社長である原告井手口が通院等に要した六日間は会社の業務に従事しなかつたのに同原告に給与を支払い(六日分で一五万七八〇六円)、また、同原告が右受傷により平成二年七月二日まで業務活動が半減し、売上低下を来したのに従前どおり給与を支払つた(半減分は二〇〇万円)ことから、右各支出分の損害を受けたと主張する。

第三争点に対する判断

一  原告井手口の損害

1  治療費、診断書代 六万二二一〇円

甲第二ないし第四号証、第六号証の一ないし七、第七号証の一ないし六によれば、原告井手口は、本件事故から六日後の平成二年一月一六日になつて初めて虎の門病院で治療を受け、以降、同月二三日、三〇日、同年二月九日、同年七月二日、同年八月二〇日の合計五日間、前示の傷害のため外来通院し、対症治療を受けて軽快したこと、右治療のため治療費、診断書代として六万二二一〇円(うち、消費税を抜いた診断書代は、一万三一〇〇円)を支払つたことが認められる。

2  通院交通費 八〇八〇円

甲第一、第五号証、原告井手口本人(兼原告会社代表者本人。以下「原告井手口本人」と略記する。)に前示争いない事実を総合すれば、本件事故は、加害車両が原告井手口搭乗のタクシーに追突し、右タクシーもその前にいた大型貨物自動車に追突するという、いわゆる玉突き衝突であり、同原告は、追突の衝撃で前部座席まで飛ばされたことにより、頸椎捻挫、腰推捻挫、左肩打撲の傷害のみならず、顔面にも傷害を受けたこと、同原告は、本件事故により腰と左肩に一番痛みを感じ、腰部にコルセツトを着用し、また、痛みのため動くことに不自由であつたため、平成二年二月九日まではタクシーで通院の往復をしたこと、同日までのタクシー代の合計は七六〇〇円であること、同年七月二日は往路タクシーによつたものの帰路は地下鉄(片道一二〇円)により、同年八月二〇日は地下鉄で往復したことが認められる。同原告の右症状の程度からすると、平成二年二月九日まではタクシーでの通院はやむを得ないものというべきであり、通院交通費の合計は、八〇八〇円と認める。

3  慰謝料 五〇万円

原告井手口は、本件事故により前示のとおりの傷害を受け、虎の門病院に合計六回通院したこと、同原告は、平成二年三月ころから頸椎捻挫の症状が顕在化したものの、原告会社の経営のため、我慢してその職務を遂行したこと(甲第九号証及び原告井手口本人により認める。)、その他本件に顕れたすべての事情を参酌すると、右傷害に対する慰謝料としては五〇万円が相当である。

4  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑みて、原告井手口の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金六万円をもつて相当と認める。

5  1から4までの合計金額は、六三万〇二九〇円である。

二  原告会社分

1  原告会社は、先ず、原告井手口が通院等に要した六日間は会社の業務に従事しなかつたのに給与を支払つたことから、右支出分の損害を受けたと主張する。そして、甲第八、第一一、第一二号証、第一三及び第一四号証の各一ないし三、原告井手口本人に弁論の全趣旨を総合すれば、原告会社は、原告井手口が約七割の株式を有する資本金一五七五万円の同族会社であつて、建材の販売、舞台美術、インテリア内装関係等を業とし、従業員約三〇名を舞台美術部、総務部等九部門に配置する、年商一三億円ないし一四億円の会社であること、同会社の代表取締役社長である原告井手口は、取引先の開拓、維持を率先して行い、平成元年度は九六〇万円の給与を得ていたこと、平成元年四月から始まる事業年度及び平成二年四月から始まる事業年度には、いずれも合計二九〇万円の配当を実施していること、本件事故のあつた平成二年度も原告井手口に対し通院による休業を理由に減給しなかつたことが認められる。

このように、原告会社は、原告井手口の通院日は、同原告から労務の提供を受けていないにもかかわらず、同原告に対し減給することなく、従前の給与を支払つたのであり、それは、原告井手口が休業損害として被告らに対し請求し得るものを肩代わりして支払つたということができる。ところで、原告会社が原告井手口の休業にもかかわらず減給しなかつた理由を端的に知る証拠はないが、前示のとおり原告会社は原告井手口が約七割の株式を有する同族会社であり、また、同原告が原告会社の代表取締役であることから、これらの原告同士の特別な関係に基づき、原告井手口及びその家族が事故前と同様の生活を維持・継続するために右の措置を講じたものと推認され、原告会社は、原告井手口の傷害のため、出捐を余儀なくされたものということができる。そうすると、右出捐は原告会社にとつて損害ということができ、右のような原告同士の特別な関係や、原告井手口が本件訴訟において原告会社と同一の訴訟代理人にその遂行を委任し、かつ、同原告について生じた休業損害分を被告らに対し請求していないことを参酌すると、被告遠藤仁の原告井手口に対する加害行為と同原告の受傷に起因する原告会社の右出捐による損害との間に相当因果関係を認めるのが相当であるから、原告会社は、被告らに対し、右損害の賠償を請求することができるものというべきである(このことは、例えば、死亡事故の場合に、被害者の葬儀費用を、被害者の損害として掲げ、それを相続人が相続したとして請求することも、相続人のうち実際に葬儀費用を出捐した者が、当該個人の損害として請求することも認めているのと同旨である。

そして、前示のとおり、原告井手口は、平成元年度に原告会社から九六〇万円の給与を得ており、原告会社に対する原告井手口の前示の地位、貢献からすれば、その全額が労働の対価であると推認され、同原告は、被告らに対し、六日間の休業による損害賠償として、少なくとも原告会社主張の一日当たり二万六三一〇円、合計一五万七八〇六円を請求し得るから、原告会社は、同額の金員の出捐を余儀なくされたものということができ、これを被告らに対し請求し得ることとなる。

2  原告会社は、次に、原告井手口の前示受傷により平成二年七月二日まで同原告の業務活動が半減したのに従前どおり給与を支払つたことから(半減分は二〇〇万円)、右各支出分の損害を受けたと主張し、原告井手口本人はこれに沿い、特に、同年四月、五月、六月分は例年より売上が半減したと主張する。しかし、甲第一三及び第一四号証の各一ないし三によれば、原告会社の平成元年四月から始まる事業年度の売上と平成二年四月から始まる事業年度の売上は同水準であること、これらの年度中の毎月の売上高は各月によつて著しく異なつていて、右主張の期間とそれ以外の期間の売上高を比較しても右主張の期間のみが売上が減少しているということができないこと、一月から七月までの対応する対前年や後年の比較においても、平成二年一月から七月までの売上が減少したということができないことが認められるのであつて、右供述は採用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。なるほど、甲一三号証の三(法人の事業概況説明書)によれば、平成元年四月から始まる事業年度の売上が前年度に比し三・七パーセント程落ち込んだことが認められるが、同書証中「12当期の営業成績の概要」の記載に鑑み、原告井手口の前示受傷が右落ち込みの原因と断定することができず、右主張事実を前提とする原告会社の損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

第四結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告らに対し、連帯して、原告井手口につき金六三万〇二九〇円、原告会社につき金一五万七八〇六円及びこれらに対する本件事故発生日以後の日である平成五年二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 南敏文)

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